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銀巴里

公開日: : 最終更新日:2014/12/20 自身のこと

秋風を感じる季節になると、
銀座のシャンソニエ『銀巴里』で働いていた若い頃を思い出す。
私は、コーヒーを運ぶボーイさんの仕事や
照明、ギャラを歌手に手渡す仕事などいろんなことをやっていた。
当時の一番安い歌手のギャラは確か1,200円位ではなかったろうか。
8曲歌っていたから、1曲150円か。
30年ほど前と今とで比べて、さほど物価は上がっていないと思う。
むしろ安くなっているものもたくさんある。
バブルの前でもあったし、日本人の価値観も
「自分の好きなことをやれればギャラの安いことなどはとりあえず我慢しよう」
というような風潮が若い人たちのなかには特にあったのだろうと思う。
私も、一日中、好きなシャンソンやカンツオーネを聴いていられるので
なんの不満もストレスも感じることなく、
月給9万円ほどの給料でむしろ喜んでいた。

その頃、高橋くみ子という歌手がいた。
曲の紹介など嫌そうで、
私は歌が歌いたいの!!と言いたげな彼女の歌は
実にすばらしかった。
聞くと、早稲田の学生時代につきあっていた彼が、
「黙ってついて来い」と言って
手を引っ張って連れて行った先が銀巴里だったらしく、
そこで歌うことを始めた彼女が、現在のKUMIKOである。
NHK紅白歌合戦にも出場したからびっくりした。
その別れた彼は、プロデュース能力に秀でた人にちがいない。
私は、この彼にも興味があるのだが。

最初、彼女がブレイクしたときに私は、我が目、我が耳を疑った。
テレビのインタビューなどでもちゃんとしゃべっているではないか。
それも普通に。
やはり人間というのは変われるものなんだな。

*****「銀巴里」の碑の前で一枚。
上京すると必ずこの場所へ行く。
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石山離宮 五足のくつ オーナー 山﨑 博文
下田温泉一の老舗『旅館 伊賀屋』の六代目として 天草下田温泉に生まれた天草育ちの天草男児。 2002年7月に、九州の西の果て、東シナ海を見渡す山に 全室露天風呂付き離れの温泉旅館『石山離宮 五足のくつ』をオープン。 趣味は散歩と温泉と水泳。旅行家としての一面も持つ。
石山離宮 五足のくつ オーナー 山﨑 博文

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