天草・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州は熊本にあり、離れの各客室に自家源泉・かけ流しの露天風呂が付く。天草四郎ゆかりの地。

 彼は、上京と偽ってよく上海へ行く。
新しい発見を求めての旅ではなく、いつしかお決まりとなったコースをたどる。
「王宝和」で上海蟹を食べ、南京路を外灘方面へと向かう。
漢字のネオンサインの並ぶ雑踏を抜けて、
イギリスやフランスの租界時代の建物の並ぶ景色を眺めるころには
彼の脳裏には李香蘭の唄う「夜上海」がリフレインし、
黄浦江を行き交う船の汽笛が聞こえてくる。
そして夜霧の漂う外灘地区のにぎわいをよそに和平飯店(ピースホテル)の扉を開け、
奥のバーでビッグバンドジャズを楽しむ。

 この扉を初めて押し開けたのは確か昭和60年だった。
歌舞伎町で「ひとでなし」をしていた彼はキャバレーホステスのニーナと知り合った。
赤いチャイナドレスがよく似合う中国系の2世だった彼女と
毎晩昼まで飲みまわる日が続いた。
ある日、「ねえ、こんな生活があと半年も続いたら、
あなたも私もだめになってしまうに違いないわ。夢とか希望とか、
今の私たちとはまったく逆の価値観の世界を生きてみたくなってきたの。
上海にでも行ってみない?
私のパパも日本ではまったくうだつがあがらなかったのに
上海でママと知り合ってからはあんなに活躍しているんですもの。
きっと日本と上海の関係って昔からそうで、
日本でだめでも上海でよみがえった男性ってたくさんいるはずよ。
私のパパの口癖なんだけど、夢しか実現しないのよ」

 彼らは、当時必要だった中国渡航ヴィザの発給を受けて神戸港から船で上海へ渡った。
そのとき、彼女の父親が用意してくれたのが和平飯店だった。
重厚な扉を押し開け、ロビーに入った瞬間、体中を電気が走った。
映画の世界を生きているような胸の高鳴りは彼が初めて経験するものだった。
「人生、捨てたもんじゃない」
これまで世界中の男と女がこのホテルで流した涙と喜びのキスを思った。
歴史に翻弄されたこの街で、このホテルの中だけは、
ゲストに夢を与える平和な世界であり続けたのだ。
客の誰もが自分と同じ感動を味わっていることを直感した。
この世界こそ、自分の生きる世界に違いないこともわかった。
天職を掴んだ瞬間だった。
彼は東京に帰らず、上海航路で長崎から故郷へ直行し、
ホテルを創ることを彼女に宣言した。
「きっとあなたにはできるはずよ。自分を信じて。夢しか実現しないんだから」
 まったく何もないところからのスタートであり、
周囲の人たちは、不可能が明白であることに一生懸命な彼の姿が滑稽でならず、
哀れな視線を浴びせたが、 彼にはホテルオーナーになっている自分の姿が見えていた。
そして、あの夜から17年の歳月をかけてついに彼のホテルはオープンした。

 いまでも彼は乗り越えられそうにない
人生の難問を与えられたときに上海を訪れる。
ニーナのパパの口癖を思い出すために。

「夢しか実現しない」