天草・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州は熊本にあり、離れの各客室に自家源泉・かけ流しの露天風呂が付く。天草四郎ゆかりの地。

コンパスの中心
一枚の写真で遠い記憶がよみがえった。
急に降り出した雨を避けるため、ある写真館の軒下に入ったときだった。
ウィンドウにディスプレイされていた一枚の写真に目が留まった。
満開の桜の花の下を、制服の学生たちが並んで歩いている。
それは、卒業式の様子だろうか。
そろそろそんな季節か、と考えていると
卒業を前にヨーロッパへ旅立った友人のことを思い出した。

それほど親しい人物ではなかったから、そうたくさんの記憶があるわけではない。
会話をしたことは、ほとんどなかっただろう。
そんな彼のことをよく記憶しているのは、彼が校内の有名人だったからだ。
彼は幼いころからチェンバロという西洋の古楽器を習っていた。
チェンバロとは、16〜18世紀のヨーロッパで
よく演奏されていた撥弦鍵盤楽器で、外見はピアノに似ている。
彼は音楽家としての将来を有望視されており、
本場、ヨーロッパでチェンバロを学ぶだめに、
中学卒業後は留学することになっていた。
その準備ということで、卒業式を待たずに旅立ったのだ。

彼は、その後、どうなったのだろうか。
天草に戻っているという話は聞いていないから、
どこかで、まだチェンバロを続けているのだろうか。
夢を追いかけ、海外へ出る決心をした彼を今でも素晴らしいと思う。
多くの友人も彼のように夢を追いかけ、天草を飛び出した。
天草は日本地図では西の果て、隅っこにある。
あるとき、わたしは地球儀を見ながら
机上にあったコンパスの中心を天草に持ってきてみた。
そこから、ぐるりと円を描く。
コンパスの中心地、天草には、まさにいろいろなものがあった。
山海の恵み、人々の笑顔、
キリスト教が伝来し、南蛮文化が花開いたという歴史…。
そして、目の前に広がる東シナ海は世界へと続いている
それは、ほかのどこにもない天草の魅力だった。

数日後、
彼はまだ、ヨーロッパで音楽活動を続けているらしいという話を聞いた。
彼はコンパスの中心をヨーロッパに定めたのだろう。
そこから描かれる円が天草まで広がってくる日もそう遠くないに違いない。